May 1052002

 母郷つひに他郷や青き風を生み

                           沼尻巳津子

語は「青き風(風青し)」で夏。青葉のころに吹き渡るやや強い風のことで、「青嵐」「夏嵐」などとも。嵐とは言っても、晴れ晴れとした明るい大風だ。掲句は、母をはじめとする母方の血縁者が「つひに」絶えてしまったことへの感慨である。作者は、ひとり残っていた血縁の者が亡くなって、葬儀のために久しぶりの「母郷」に出かけてきたのだろう。幼いころから、母と一緒に何度も訪れた土地である。楽しい思い出も、いっぱい詰まっている。しかし、この土地もこれで「他郷」となってしまった。もはや、二度と訪れることはないだろう。青葉が繁る美しい季節に、今年も昔と少しも変わらない「青き風」が生まれていて、これきり縁が切れてしまうなど信じられない。が、人の現実は時の流れに連れて変わるのだ。自然はそのままでも、人は同じからず……。明るい「青き風」のなかでの感慨ゆえに、いっそう「他郷」の現実が心に沁みる。昔も今も、一般的に父方の土地で生活する(生活した)人は多いが、母郷での生活者は少ない。したがって父郷はまたみずからの故郷なのだが、母郷はそうではない。血縁者以外に、友人知己はいないのが普通だろう。ここに、母郷に対する何か甘酸っぱいような思いがわいてくる。その一種甘美な思いが滲んだ良き土地とも、いつかこのような現実によって、すぱりと絶たれてしまうことが起きる。『背守紋』(1969)所収。(清水哲男)




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