April 2942002

 小説に赤と黒あり金魚にも

                           粟津松彩子

語は「金魚」で夏。金魚は一年中いるけれど、夏になると涼しげな気分をそそるからだろう。はっはっは、思わず愉快な気分になってしまった。『赤と黒』は、言わずと知れたスタンダールの「小説」だ。1830年代、混乱期のフランスの一地方とパリを舞台に、田舎出の青年ジュリアン・ソレルの恋と野望の遍歴を描いている。学生時代に読んだので、朦朧たる記憶しかないけれど、どこが名作なのか、よくわからなかったことだけははっきりと覚えている。映画化もされたが、見たような見なかったような……。そんなわけで、多分作者も若い頃に読むには読んだが、さして感心しなかったのだろうと思われた。「赤と黒」だなんて、「金魚」だってそうじゃないか。ふん。てな、ところかな。落語や漫才の世界に通じる軽い諧謔味があり、俳句でなければ出せない面白味がある。松彩子は京都の人で、虚子門。なにしろ十八歳(1930年)で「ホトトギス」に初入選して以来、卒寿(九十歳)を過ぎた今日まで、一度も投句を欠かさなかったというのだから、まさに俳句の鬼みたいな人物だ。長続きした背景には、このような軽い調子の句を受け入れ続けた「ホトトギス」の懐の深さがあったればこそのことではあるまいか。といって、句集の句がすべてこのような彩りなのではない。むしろ、掲句は傍系に属する。その内に、おいおい紹介していくことにしたい。なんだか今日は、とてもよい気分だ。『あめつち』(2002・天満書房)所収。(清水哲男)




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