April 1742002

 新茶開封ニュージャージィに湯の滾る

                           秋本敦子

語は「新茶」。夏に分類されるが、鹿児島産は既に出回っており、静岡市場では今日が初取引だそうだから、何でも早出しの時代ゆえ、もはや春(晩春)の季語としたほうがよいのかもしれない。作者は海外生活の長い人。句集の後書きに「アメリカ大陸という広大な異質な風土と、多民族の織りなす特異の文化のなかで、私はどこまで詠うことが出来たであろうか」とある。虚子や漱石などをはじめとする海外旅行吟を目にすることは多くても、その土地での生活者の句を読む機会は少ないので、興味深く読めた。なかで、最も成功している句の一つを紹介しておく。今年も、日本から新茶が届いた。「開封」すると、懐かしい香りがぱあっと立ち上ってくる。早速賞味しようと湯をわかしている場面だが、薬缶に湯の「滾る(たぎる)」場所を指して「ニュージャージィに」と大きく張ったところが素晴らしい。仮に日本での句だとして、たとえば「北海道に」などとやってみればわかるのだが、いかにも大袈裟すぎていただけない。しかし、ここは日本ではない。でも、句は日本人に伝えるものだ。むしろ意識的に大袈裟な表現をしたほうが、新茶を得た異国の生活者の喜びが素直に伝わるのではないか。そう判断しての詠みぶりだろう。ニュージャージィ州全体が、作者のささやかな幸福感に満ちているようだ。旅行者にはイメージできないアメリカが、新茶の香りとともに伝わってくる。アメリカでご覧の読者諸兄姉、如何ですか。『幻氷』(2002)所収。(清水哲男)




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