April 1542002

 春の潮先帝祭も近づきぬ

                           高浜虚子

語は「春の潮(はるのしお・春潮)」。海の潮の様子は、季節の変化をよくあらわす。春には、しだいに冬の藍色が薄くなり、明るい色に変わってくる。それだけでも心が弾んでくるが、ああ今年も祭りが近づいてきたと思えばなおさらだ。そんな弾む心を潮に反射させた虚子の腕前は、さすがだと思う。どこがどうというわけでもないのだけれど、人と自然との親和的な関係がよく描出されている。「先帝祭(せんていさい)」は、山口県は下関市赤間神宮のお祭りだ。5月2〜4日。一度だけだが、学生時代に見物したことがある。竹馬の友が菓子メーカーに住み込みで働いていて、彼を訪ねたところ、それが偶然にも祭りの当日だった。平家滅亡のとき、壇ノ浦で入水した安徳天皇は阿弥陀寺(明治以降は赤間神宮)に葬られたが、後鳥羽天皇が先帝のため命日の旧暦三月二十四日に法要を営み、先帝会と称したことに始まるという。女官が菩提を弔うため遊女に姿を変えて参拝したという伝えによって、女官装束で行列して参拝する「じょうろう道中」が、祭りのクライマックスだ。沿道に立っていても、眠くなるようなよい日和だった。写真が残っているはずだが、どこに紛れているのか。小学校の修学旅行は下関と小倉だったが、貧しくて行けなかった。だから、このときの「先帝祭」こそが私の下関の大切な思い出だ。その後、下関に行くたびに必ず小倉にも足をのばすことになった。掲句に惹かれたのには、そんな個人的な事情もからんでいる。平井照敏編『俳枕・西日本』(1991・河出文庫)所載。(清水哲男)




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