April 0542002

 追伸に犬の消息さくら散る

                           泉田秋硯

紙の相手は、作者の飼い犬のことを知っているのだから、かなり親しい人だ。一通りの用件を書き終えて、そうそう彼には知らせておかなければと、その後の「犬の消息」を付け加えた。あまり、芳しい消息ではあるまい。もしかすると、最近死んだのかもしれぬ。「さくら散る」が、そのことを暗示している。空っぽの犬小屋に、はらはらと桜が散りかかっている。そんなイメージが、私には自然にわいてきた。「追伸」のさりげなさが、逆に「もののあはれ」を静かに切なく訴えかけてくる。追伸とは、考えてみれば面白い様式だ。洋の東西を問わず、手紙には書き方の作法というものがあるから、必然的に主文からこぼれてしまう事どもがある。そんな「よしなしごと」を付け加えるために発想されたのが、追伸という様式だろう。もはや主文ではないので、いきなり調子が変わっても失礼にはあたらない。どうか気軽に読み捨てにしてほしいと、追伸(追啓、追白、追陳、二伸などとも)の様式自体が告げているのだ。でも、だからといって、追伸に気楽なことばかりを書くのかといえば、そうでもないところが面白い。主文なんぞは二の次で、追伸にこそいちばん書きたいことを書くということも起きてくる。さりげなさの逆用だ。ビートルズに「P.S. I LOVE YOU」という歌がある。『月に逢ふ』(2001)所収。(清水哲男)




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