March 2532002

 にぎやかな音の立ちけり蜆汁

                           大住日呂姿

語は「蜆(しじみ)」で春。松根東洋城に「からからと鍋に蜆をうつしけり」があるが、私の知るかぎりでは、蜆のありようを音で表現した句は珍しい。どちらかと言えば、庶民の哀感を演出する小道具にされることが多く、それはそれで納得できるけれど、たしかに蜆を食するには音から入るということがある。「あったりまえじゃん」などと、言うなかれ。蜆の味噌汁の美味さは、この音を含んでこその味であることを再認識させてくれるのが掲句である。いや、作者自身も音の魅力にハッと気がついての作句なのだろう。もう一つ、俳句でしかこういうことは言えないなあ、とも思った。家族そろっての朝餉だろうか。いっせいにシャカシャカと「にぎやかな音」がしていて、明るく気持ちよい。今日一日が、なんとなく良い方向に進みそうな気がしてくる。月曜日の朝は蜆汁にかぎる。そんなことまで思ってしまった。食べ物と音といえば、某有名歌手が食事のときに音を立てることを極度に嫌ったという話がある。だから、蕎麦屋に連れていかれた人たちは大迷惑。音を立てて食べることが許されない雰囲気では、美味くも何ともなかったと、誰かが回想していた。『埒中埒外』(2001)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます