March 2032002

 かたまつて薄き光の菫かな

                           渡辺水巴

語は「菫(すみれ)」で春。「千葉県鹿野山(かのうざん)での作であり、山上に句碑が立っている。水巴の代表作の一つである」(山本健吉)。鹿野山の菫は知らないが、野生の菫の花の色はほとんどが濃い紫色だ。しかも「かたまつて」咲いているのならば、なおさらに色が濃く見えてしかるべきところを「薄き光の菫」と詠んでいる。作者には、淡い紫色に見えている。しかし、濃紫とはいえ、春の陽光に照らし出された花の色だからこそ、これでよいのだと思った。実際に花の一つ一つは濃いのだけれど、晴天の山上に咲く菫のひとむらはあまりにも小さな存在であり、あまりにも可憐ではかなげだ。そんな見る者の心理を写しての視点からすれば、むしろ濃い色とは見えずに、逆に「薄き光の菫」と見えるほうが自然の勢いというものだろう。無技巧なようでいて、まことに技巧的な句だと思う。苦吟のはての句かどうかなどは関係がないけれど、私などが羨望するのは、対象に心理の光りをすっと当てたように見せられる俳句的方法そのものに対してである。たいしたことを述べているわけではないのだが、この菫はいつまでも心に残る。残るからには、これはやっぱり、たいした俳句の力によるものなのだ。すなわち、掲句もたいした作品なのである。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)他に所載。(清水哲男)




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