March 1832002

 菜の花や渡しに近き草野球

                           三好達治

製印象派絵画の趣あり。色と光りと音の交響詩だ。「渡し」は渡し舟の発着する所、いわゆる渡船場(とせんば)である。江戸川の矢切の渡しなどが有名だが、昔は全国いたるところで見受けられた。群生する「菜の花」の黄色と、渡船場の水のきらめき。加えて「草野球」に興ずる人たちの大声や打撃する音。上天気の春の情景を、作者は上機嫌で伝えている。いささか道具立てが揃いすぎている感じもするが、すべてが澄んでいるので嫌みがない。そして、この詩趣に透明な哀しみのフィルターをかけてやれば、たちまちにして三好達治の詩の世界に入ることができる。たとえば「母よ――/淡くかなしきもののふるなり/紫陽花いろのもののふるなり/はてしなき並樹のかげを/そうそうと風のふくなり」(「乳母車」)。あらためて両者を読み比べてみると、詩人がいかに色と光りと音の捉え方に秀でていたかが、よくわかる。とかく詩人の俳句は、たくさんの事柄を詰め込もうとして失敗することが多いのだけれど、掲句もまたたくさんの事柄が詰め込まれているのだけれど、失敗していない理由は、この感覚に拠るものだ。決して、ゴテゴテと塗りたくらないのである。これはもう、天性の感覚というしかないだろう。『柿の花』(1976)所収。(清水哲男)




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