March 1032002

 我法学士妻文学士春の月

                           小川軽舟

集の他の句から推察して、作者が学生結婚だったことがうかがわれる。「水仙や学生妻の紅を引く」。したがって、掲句は春三月に二人そろって卒業したことへの感慨である。いや、感慨というよりも偶感と言うべきか。偶感のほうが、春の月には似つかわしい。すなわち、卒業と同時に二人とも「学士」なるものになっちゃったんだと、ふと思ったのだ。そのあたりの可笑しみ。句集の序文で藤田湘子は「近頃の青年はこうしたことをぬけぬけと言うのか」と思ったと書いているが、別に「ぬけぬけ」でも「しゃあしゃあ」でもない。「学士様ならお嫁にやろか」と言われた戦前ならばともかく、戦後のおおかたの大学卒業者には、おのれが学士であるなどと認識している人のほうが珍しいだろう。日本で学士制度が現れるのは1872年(明治五年)の学制からで、学位の一つであったが、86年(明治十九年)の帝国大学発足以後「学士」は称号となり、三年在籍を要件とした。現在の新制大学では四年在籍を履修要件とし、称号扱いである。この称号すらもが、もはや気息奄々の状況なのだから……。夫婦そろっての学士などとは、大昔ならば大変な快挙だと誉めそやされたかもしれないが……と、そんなこともちらりと頭をよぎり、作者は苦笑しているのである。作者の句に至る事情は知らなくても、掲句単体を読んで苦笑する読者も、かなりおられるのではあるまいか。『近所』(2001)所収。(清水哲男)




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