December 31122001

 父祖の地に闇のしづまる大晦日

                           飯田蛇笏

とに名句として知られ、この句が収められていない歳時記を探すほうが難しいほどだ。時間的にも空間的にも大きく張っていて、どっしりとした構え。それでいて、読者の琴線には実に繊細に触れてくる。蛇笏は文字通りの「父祖の地」で詠んでいるが、句の「父祖の地」は某県某郡某村といった狭義のそれを感じさせず、人が人としてこの世に暮らす全ての地を象徴しているように思われてくる。大晦日。大いなる「闇」が全てをつつんで「しづまる」とき、来し方を思う人の心は個人的な発想を越えて、さながら「父祖の地」からひとりでに滲み出てくるそれのようである。日本的な美意識もここに極まれりと、掲句をはじめて読んだときに思った記憶があるけれど、そうではないと思い直した。外国語に翻訳しても、本意は多くの人に受け入れられるのではあるまいか。ところで、「大晦日」は一年の終わりなので「大年(おおとし)」とも言う。「大年へ人の昂ぶり機の音」(中山純子)。真の闇以前、薄闇が訪れたころの実感だろう。大晦日にも働く人はいくらもいるが、しかし漏れ聞こえてくる「機(はた)」の音には、普段とはどことなく違う「昂(たか)ぶ」った響きがうかがえると言うのである。この「昂ぶり」も、やがては大いなる「闇」に「しづま」っていくことになる……。(清水哲男)




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