December 22122001

 一族郎党が沈んでゐる柚子湯かな

                           八木忠栄

語は「柚子湯(ゆずゆ)」で冬。冬至の日に柚子湯に入ると、無病息災でいられるという。句は、古い田舎家の風呂場を思い起こさせる。作者は、ひさしぶりに帰省した実家で入浴しているのだろう。台所などと同じように、昔からの家の風呂場はいちように薄暗い。そんな風呂に身を沈めていると、この同じ風呂の同じ柚子湯に、毎年こうやって何人もの血縁者が同じように入っていたはずであることに思いが至った。息災を願う気持ちも、みな同じだったろう。薄暗さゆえ、いまもここに「一族郎党が沈んでゐる」ような幻想に誘われたと言うのである。都会で暮らしていると、もはや「一族郎党」という言葉すらも忘れている始末だが、田舎に帰ればかくのごとくに実感として想起される。そのあたりの人情の機微を、見事に骨太に描き出した腕の冴え。すらりと読み下せないリズムへの工夫も、よく本意を伝えていて効果的だ。なお蛇足ながら、「一族郎党」の読み方は、昔は「いちぞくろうう」ではなく「いちぞくろうう」であった。ならばこの句でも「いちぞくろうう」と読むほうが、本意的にはふさわしいのかもしれない。『雪やまず』(2001)所収。(清水哲男)




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