December 21122001

 旅人に机定まり年暮るゝ

                           前田普羅

後間もなくの作。作者は年末年始にかけて、よんどころない事情から、旅をつづけなければならなかった。「旅人」に「机」が定まらないのは当たり前で、普段なら何とも思わないが、年の暮ともなると、しばし落ち着きたくなる。幸い長逗留できるところが見つかり、ほっと安堵している図だ。これで、ゆっくりした気持ちで年を越せる。おそらくは、その「机」で掲句を書いたのだろう。かりそめにもせよ、自分用の机があってはじめて安心できるとは、やはり言葉の人ならではの心境である。机があっても、一向に落ち着かない人も大勢いるはずだ。私だと、何が定まると安心できるだろうか。いまだったら、机よりもパソコンかなア……。しかし、実はこのときの作者は、尋常な事情からの「旅人」ではなかった。弟子だった中西舗土の文章を引いておく。「普羅の生涯と作品について特に見逃してはならないのは戦後の漂泊時代である。妻に先立たれ、家や家財を消失し、一人娘も嫁いで全くの孤独となり、門弟を訪ねて北伊勢の禅寺や大和関屋の門弟家に長逗留することもあった」。このことを知らなくても掲句は観賞できるが、知ってしまうと、普羅の安堵のいっそうの深さが思われる。戦後六年目にしてようやく東京都大田区に居を定めることのできた普羅だったが、やがて病臥の身となり、定住三年目(1954)の立秋の日に、ひっそりと世を去った。享年七十一歳。『雪山』(1992)所収。(清水哲男)




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