November 12112001

 女人咳きわれ咳きつれてゆかりなし

                           下村槐太

語は「咳(せき)」で冬。待合室だとか教室だとか、人中では咳をしたくとも、なるべくこらえるのがマナーだろう。作者もそう心得てこらえていたのだが、ちょっと離れたところで、こらえきれなくなったのか、女性が咳をした。とたんに、作者も「つれて(連れて)」咳をしてしまったというのである。私にも、経験がある。同病あい哀れむ。というほどのことでもないけれど、こんなときには、咳をした者同士の間に、すっと親近感がわくものだ。作者の場合は、お互いに目くらいは合わせたかもしれない。しかし、それも束の間で、またお互いはそっぽを向くことになる。「ゆかりなし」だからだ。一瞬の親近感がパッと引いてしまう微妙な交流の機微を描いて、的確だ。「ゆかりなし」と、当たり前のことを内心で大声で言っているのも面白い。咳の後での、腕組みをして憮然とした作者の表情が目に浮かぶようで、滑稽感もある。これはもちろん「女人咳き」だから成立する句なのであって、相手がおっさんでは句にならない。きっと、美人の咳だったんだろうな。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)




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