October 29102001

 トンネルの両端の十三夜かな

                           正木ゆう子

宵は、待ちに待った「十三夜」だ。待っていた理由には、二つある。一つは、小学生時代に覚えた戦前の流行歌『十三夜』の歌詞に出てくる月を、ぜひともそれと意識して見てみたいという願望を持ちながら、一度も見たことがなかったこと。中秋の名月とは違い、誰も騒がないので、つい見るのを忘れてきてしまった。今宵こそはというわけだが、天気予報は「曇り後晴れ」と微妙。昭和十六年に流行ったこの歌の出だしは「河岸の柳の行きずりに ふと見合わせる顔と顔」というもので、およそ小学生向きの歌ではないけれど、意味もわからずになぜか愛唱した往時が懐かしい。で、最後に「空を千鳥が飛んでいる 今更泣いてなんとしょう さようならとこよない言葉かけました 青い月夜の十三夜」と「十三夜」が出てくる。「十三夜」は「青い」らしい。もう一つの理由は、恥ずかしい話だが、この歌を覚えてから三十年間ほど、「十三夜」は十五夜の二日前の月のことだと思い込んでいたこと。ところがどっこい、陰暦九月十三日の月(「後の月」)のことだと知ったときには、仰天し赤面した。そんなわけで、「十三夜」の句に触れると身体に電気が走る。掲句の作者は、車中の人だろう。「十三夜」と意識して月を見ていたら、車はあえなくもトンネルへ。そしてまたトンネルを抜けると、さきほどの月がかかっていたというのである。月見の回路が、無事につながった。現代の「十三夜」は、かくのごとくに乾いている。もう、青くはないのかもしれない。「俳句研究」(2001年10月号)所載。(清水哲男)




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