October 18102001

 バッタとぶアジアの空のうすみどり

                           坪内稔典

語は「バッタ(飛蝗・蝗虫)」で秋。キチキチと翅を鳴らしながら、バッタガ跳んでいる。細長く繊細な体で、思いがけないほど遠くに跳ぶのもいる。体の色は褐色のもいるが、この場合は「うすみどり」だろう。その「うすみどり」はまた空の色だと作者は言い、となれば「アジア」の大空の下を跳ぶバッタは、跳び上がるたびに空に溶けてしまうようである。この句の面白さは、実際にバッタが跳んでいる光景から、空とバッタだけを残して、それ以外の実景をすべて消去したところにあるのだと思う。日本の空なのに「アジアの空」と大きく張った視界が、そして「アジア」という底知れぬ深さを感じさせる言葉が、さながら巨大な消しゴムのように作用して、周囲の雑物や雑音を消去してしまっている。ふと気がつけば、また作者自身もいなくなっているようではないか。しいんとした「うすみどり」の広大な空間に、ときおり「バッタ」だけがキチキチと跳び上がっては消えるのである。それだけである。秋の野に在る心持ちを押し詰めていくと、こんなにも何もない世界が現れてくるのか……。ここで読者はもう一度、句に立ち戻ることになる。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます