September 3092001

 すだちしぼる手許や阿波の女なる

                           京極杞陽

語は「すだち(酢橘)」で秋。昔から、阿波徳島の名産だ。物の本には「果汁は多く酸味が強いが、多種類の酸性アミノ酸を含むために特有の風味と芳香があり、酢として珍重される。季節感のある果物の一つとして風味を尊び、緑果のうちに利用され、焼きマツタケやシイタケなどにはふさわしく、焼き魚、煮物、刺身、吸い物、湯豆腐など和食にあう。ブランデーや紅茶などにも調和する。8月末から10月にかけて出荷が多い。(飯塚宗夫)」とある。私の祖父は本場徳島の男だったが、晩年に暮らした大阪で「すだち」を食膳に上げていた記憶はない。容易には、手に入らなかったからだろう。現在では、それこそ大阪にでも東京にでも全国的に出荷されている「すだち」は、掲句が作られた三十年前くらいだと、なかなかお目にかかれぬ果実であった。この背景を知らないと、この句の味はわからない。困ったものだが、これも俳句の因果なところ。で、この背景を知ってしまえば、句意は明瞭となる。どこぞの料亭か小料理屋で、こともなげに「すだち」をしぼる女性がいた。「徳島の出だね、さすがだねえ」と作者は話しかけ、案の定だったと言ったに過ぎない。でもね。私も放送のゲストのかすかな訛りから、出身地を嗅ぎ当てたくなったりする。それが何だと言われても困るけれど、そんなひとりよがりの得意や楽しみが、誰にでも一つや二つはあるかと思って、この句を掲載した次第。湯豆腐が食べたくなった。『露地の月』(1977)所収。(清水哲男)




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