September 0892001

 泥の荷の上に教科書秋出水

                           加藤義明

は台風や集中豪雨で、家や田畑を水流の下に埋めることがある。これが「秋出水(あきでみず)」で、単に「出水」と言えば、梅雨期のそれを指す。私の田舎での経験では、いわゆる床下浸水に何度か見舞われ、朝目覚めると土間に下駄がぽこぽこと浮いていたことを思い出す。そこらへんに置いてある道具類は、みんな泥をかぶってしまい、水が引いた後の始末が大変だった。掲句も、水が引いた後の句である。後始末に忙しい他家の様子を、ちらりと垣間見た句だろう。泥だらけになった荷物が干されていて、いちばん上に「教科書」の乗っているのが見えた。ただそれだけのことだが、その家の大人たちの気配りが、よくわかって好もしい。子供には「教科書」は毎日必要なものだし、いちばん大切なものとしていちばん早く乾かさなければと、いちばん乾きそうなまだ泥だらけの「荷の上」に置いてあった。あるいは出水を予想して、最初から難を逃れるべく高いところに置いてあったのかもしれないが、いずれにしても水をかぶってしまった「教科書」である。このときに「教科書」は、学習のためのツール以上の意味を持っている。そんなことはどこにも書いてないけれど、この家の子育てのありようや教育観までがうかがわれるようで、字面をはるかに越えた雄弁な中身となった。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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