September 0692001

 秋風を映す峠の道路鏡

                           大串 章

眼の面白さ。地方に出かけるたびに今更のように感じ入ることの一つに、自家用車の普及ぶりがある。私の田舎でもそうだが、どこの家にも必ず車がある。都会地とは違って、車は文字通りの必需品なのだ。自転車でも構わないようなものだが、雨や雪の日、あるいは夜間の外出のことを考えると、やはり車に如くはなし。先日訪れた穂高でも福井でも、そのことを感じた。田舎道をテクテク歩いている人の姿は、なかなか見かけられなかった。近所の人とも、互いに車ですれ違うという印象だ。したがって、あちこちに道路標識が立ち、「峠(とうげ)」のカーブには「道路鏡(ミラー)」も立つ。作者もおそらく峠道を車で登ってきて、景色を楽しむべく車から降りて一休みしているのだろう。で、ふと近くに立っている「道路鏡」に気がついた。次から次へと車が通る場所ではないので、ミラーが映しているのは、ただそのあたりの草や木の情景だけである。このミラーは、ほとんど本来の用途である車を映すこともなく、いつまでもじっとこの場所に立っている。ミラーのその空漠たるありようを、作者は木や草を映すと言わずに、「秋風を映す」と仕留めた。峠の「道路鏡」が、鮮やかに見えてくるようだ。『天風』(1999)所収。(清水哲男)




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