G黷ェH句

September 0292001

 帽置いて田舎駅長夜食かな

                           池内友次郎

食の後の夜長にとる軽い食事が「夜食」。秋の季語。作者は旅の途次で、遅い時間に次に来る列車を待っているのだろう。田舎の路線のことだから、夜になると一時間に一本来るか来ないか、そんな間隔でしか列車はやってこない。最終列車かもしれない。待っている客もまばらで、駅舎の周辺では虫の音がしきりというシチュエーションである。これが思い出としての旅の良き味わいでもあるのだが、実際に現場でくたびれて待つ身には辛いところだ。ふと、待合所から事務所のなかを見やると、駅長が「夜食」をとっている姿が見えた。ポイントは「帽を置き」であり、そこには束の間、帽子を脱いで職務を離れた駅長のリラックスした姿があるのと同時に、いかに軽食とはいえ食事を「いただく」姿勢が礼節にかなってきちんとしているところに、作者は好感を寄せている。いかにも昔気質の「田舎駅長」の顔までもが、浮かんでくるような句だ。まだSLが全盛で走っていたころの情景だろう。やがて、汽笛を鳴らして列車が近づいてくる。脱いだ帽子を目深にかぶり直し、いつものように「田舎駅長」は淡々とした姿で、砂利の敷き詰められたホームに出ていくのである。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


September 0692002

 道化師の鼻外しをる夜食かな

                           延広禎一

語は「夜食」で秋。秋は農村多忙の季節ゆえ、元来は農民の夜の軽食を指した。掲句は、芸人ならではの夜食だ。「鼻外しをる」とあるから、まだショーは終わっていない。次の出番までに、とりあえず腹を満たしておこうと、楽屋でこれから仕出し弁当でもつつくところなのだろう。旅から旅への芸人で、それも「道化師」となれば、傍目からの侘しさも募る。味わうというのではなく、ただ空腹を満たすための食事は、昔から芸人の宿命みたいなもので、現代の華やかなテレビタレントでも同じことだ。放送局の片隅で何かを食べている彼らを見ていると、つくづく芸人なんぞになるもんじゃないなと思う。それがむしろ楽しく思えるのは、駆け出しの頃だけだろう。昔、テレビの仕事で、プロレスの初代「タイガーマスク」を取材したことがある。宇都宮の体育館だったと思う。試合前の楽屋に行くと、稀代の人気者が、こちらに背中を向けて飯を食っているところだった。むろん、そんな場面は撮影禁止だ。カメラマンが外に出た気配を確認してから、やおら振り向いた彼の顔にはマスクがなかった。当たり前といえば当たり前だが、いきなりの素顔にはびっくりした。と同時に、誰だって飯くらいは素顔で食いたいのだなと納得もした。手にしていたのは仕出し弁当ではなく、どう見ても駅弁だったね、あれは。体力を使うプロレスラーの食事にしてはお粗末に思えたので、いまでも覚えているという次第。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


October 21102003

 舌噛むなど夜食はつねにかなしくて

                           佐野まもる

語は「夜食」で秋。なぜ「かなし」なのかといえば、夜食は本来夜の労働と結びついおり、夜遊びの合間に食べるというものではないからである。夜遅くまで働かないと生活が成り立たない、できればこんな境遇から逃げ出したい。そんな暮しのなかにあっての夜食は、おのれの惨めさを味わうことでもあった。ましてや「舌噛むなど」したら、なおさらに切ない。虚子にも、夜食の本意に添った「面やつれしてがつがつと夜食かな」がある。現代では早朝から夜遅くまで働きづめの人は少なくなったので、本意からはかなり外れた意味で使われるようになった。したがって、楽しい夜食もあるわけだ。京都での学生時代に、銀閣寺から百万遍あたりを流していた屋台のラーメン屋がいた。深夜零時過ぎころから姿を現わす。学生なんて人種は、勉強にせよ麻雀などの遊び事にせよ、宵っ張りが多いので、ずいぶんと繁盛していた。カップラーメンもなかった時代、むろんコンビニもないから、腹の減った連中が切れ目無く食べに来るという人気だった。いや、そのラーメンの美味かったこと。食べ盛りの食欲を割り引いても、そんじょそこらのラーメン屋では味わえない美味だったと思う。醤油ラーメン一本だったが、その後もあんな味に出会ったことはない。いま行くと、百万遍の交差点のところにちょっとした中華料理店がある。そこの社長が、実はあのときの屋台のおじさんだという噂を聞いたことがあるけれど、真偽のほどは明らかではない。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます