September 0292001

 帽置いて田舎駅長夜食かな

                           池内友次郎

食の後の夜長にとる軽い食事が「夜食」。秋の季語。作者は旅の途次で、遅い時間に次に来る列車を待っているのだろう。田舎の路線のことだから、夜になると一時間に一本来るか来ないか、そんな間隔でしか列車はやってこない。最終列車かもしれない。待っている客もまばらで、駅舎の周辺では虫の音がしきりというシチュエーションである。これが思い出としての旅の良き味わいでもあるのだが、実際に現場でくたびれて待つ身には辛いところだ。ふと、待合所から事務所のなかを見やると、駅長が「夜食」をとっている姿が見えた。ポイントは「帽を置き」であり、そこには束の間、帽子を脱いで職務を離れた駅長のリラックスした姿があるのと同時に、いかに軽食とはいえ食事を「いただく」姿勢が礼節にかなってきちんとしているところに、作者は好感を寄せている。いかにも昔気質の「田舎駅長」の顔までもが、浮かんでくるような句だ。まだSLが全盛で走っていたころの情景だろう。やがて、汽笛を鳴らして列車が近づいてくる。脱いだ帽子を目深にかぶり直し、いつものように「田舎駅長」は淡々とした姿で、砂利の敷き詰められたホームに出ていくのである。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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