August 3082001

 ゆらゆらと回想のぼるまんじゅしゃげ

                           榊原風伯

に吹かれている「まんじゅしゃげ(曼珠沙華)」を、作者は眺めるともなく眺めていた。そのうちに、ぽつりぽつりと過去の出来事のあれこれが、思い出されてきた。だんだんと「ゆらゆらと」揺れる花そのものに、あたかも自分が変身でもしたかのように、次々に「回想」がのぼってくる。「回想のぼる」が、花の揺れと同化した感じをよく出していて面白い。花が栄養を根から茎へと吸い上げるように、作者の思い出も自然に頭に「のぼる」ということである。と言うからには、おそらく作者が立っているのは墓地であろう。死んでいった親しい人々をめぐっての「回想」なのだ。私の記憶でも、曼珠沙華は皇居の堀端に群生するヤツを除くと、多くは墓地に揺れている花であった。墓地に多いのは、土葬の時代にネズミや獣による死体荒らし対策だったというのが通説だ。アルカロイドのリコリンを中心とする猛毒成分を含むので、殺鼠剤に使われたという。で、別名が「死人花(しびとばな)」、あるいは「彼岸花」。戦前の曲だが戦後にもよく歌われた歌謡曲に『長崎物語』というのがあり、「♪赤い花なら曼珠沙華、オランダ屋敷に雨が降る…」の歌い出しからして華麗なので、よく歌った。しかし歌の「曼珠沙華」が、そこらへんの墓場にいくらでも咲いている「彼岸花」だとは、ちいっとも知らなかったのだった。『日めくり俳句 引出しの三行詩』(2000)所収。(清水哲男)




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