August 2682001

 夜霧ああそこより「ねえ」と歌謡曲

                           高柳重信

戦後一年目(1946年)の句。戦時の抑圧から解放されて、「歌謡曲」がさながらウンカのごとく涌いて出てきた時期だ。並木路子の「リンゴの歌」は前年だが、この年には岡晴夫「東京の花売り娘」、二葉あき子「別れても」、池真理子「愛のスゥイング」、田端義夫「かえり船」、奈良光枝・近江俊郎「悲しき竹笛」などがヒットした。これらの歌詞に「ねえ」はないと思うが、戦前からの歌謡曲の王道の一つにはマドロス物があり、とりあえず港や波止場に夜霧が立ちこめ、そこに悲恋をからませれば一丁上がりってなもんだった。実際の夜霧のなかで、作者は「そこより」聞こえてきたそんな「歌謡曲」を耳にして、「ああ」と言っている。この「ああ」は、これまた歌詞の決まり文句に掛けられてはいるが、それまで絵空事として聞いていた歌が、妙にリアリティを伴って聞こえてきたことへの感嘆詞だ。「ねえ」と女の甘えた声が、ぎくりとするほどに胸に染み込んできたのである。通俗的な抒情詞も、何かの拍子にこのように働く。その不思議を、不思議そうに捉えた佳句と言ってよい。ところで、最近は温暖化の影響からか、都会では深い夜霧も見られなくなった。この句自体も、戦後の深い霧の中から「ねえ」と呼びかけているような。『昭和俳句選集』(1977)所載。(清水哲男)




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