August 1282001

 裏畑に声のしてゐる盆帰省

                           村上喜代子

日十三日から、月遅れの盂蘭盆会(うらぼんえ)。今日あたりは、ひさしぶりの故郷を味わっている人も多いだろう。長旅の疲れと実家にいる安堵感でぐっすりと眠っていた作者は、たぶんこの「声」で目覚めたのだろう。農家の人は朝が早いから、まだ涼しい時間だ。都会の生活では、まずこういうことは起きない。これだけでも「帰省」の実感がわいてくるが、その声の主が日頃はすっかり忘れていた人だけに、よけいに懐かしさがかき立てられた。「裏畑」のあるような狭い地域社会では、みんなが顔見知りである。だが、田舎を離れて暮らしているときには、その誰彼をいつも意識しているわけではない。ほとんどの人のことは忘れているのだけれど、こうやって「帰省」してみると、不意にこのようなシチュエーションで、その誰彼が立ち現れる。当たり前の話だが、これが故郷の味というものだ。昔と変わらぬ山河もたしかに懐かしいが、より懐かしさをもたらすのは、その社会で一時はともに生きた人たちだ。浦島太郎が玉手箱を開けてしまったのは、山河は同じで懐かしくても、まわりには誰も知らない人ばかりだったからである。作者は、これらのことを「声」だけで言い止めている。それぞれの読者に、それぞれの故郷を思い出させてくれる。この夏も、私の「帰省」はかなわなかった。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)




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