August 1082001

 あかあかと日は難面もあきの風

                           松尾芭蕉

陸金沢は、秋の納涼句会での一句。『おくのほそ道』に出てくる有名な句だ。「難面」は「つれなく」と読む。納涼句会だから、夕刻の句だろう。暦の上では秋に入ったけれど、日差しはまだ真夏のように「あかあかと」強烈である。それも、暦の上の約束事などには素知らぬ顔の「つれなさ」(薄情な風情)だ。しかし、こうやって真っ赤に染まった残照の景色を眺めていると、吹いてくる風にはたしかに秋の気配が漂っている。どこかに、ひんやりとした肌触りを感じる。残暑の厳しいときには、誰しもが感じる日差しと風の感覚的なギャップを巧みに捉えている。ここで思い出すのは、これまた有名な藤原敏行の和歌「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」だ。発想の根は同じだが、芭蕉句のほうが体感的には力強くあざやかである。逆に、敏行は繊細かつ流麗だ。このあたりは、二人の資質の差の故もあるだろうが、俳句と短歌の構造的な違いから来ているようにも思われる。とまれ「日は難面も」の日々は、いましばらくつづいてゆく。東京あたりでの秋が「さやかに」見えてくるまでには、あと一ヶ月ほどの時日を要する。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます