July 2772001

 冷奴つまらぬ賭に勝ちにけり

                           中村伸郎

機嫌である。「つまらぬ賭(かけ)」とは何だろうか。知る由もないが、結論はわかりきっているのに、あえて「賭」をいどんできた奴に応えたところが、やっぱりそうだったということだろう。つまり、結論はわかっていたのだが、それを言いたくもないのに口に出さされた不機嫌なのである。想像するに、たとえば賭の対象は女性で、彼女の艶聞の真偽にからんでいた……とか。「つまらぬ賭」の相手は目の前にいて、「今夜は俺のおごりだ」などとほざいている。負けたほうがニヤニヤする賭事も、よくある。だから「冷奴」も美味くはない。なんとなく、ぐじゃぐじゃとつついている。そんな気分のありようが、よく伝わる句だ。ところで、作者は文学座の役者で小津映画にもよく出ていた、あの「中村伸郎」だろうか。人違いかもしれないけれど、だとすれば、この冷奴の食べ方も、より鮮やかに目に浮かんでくる。小津映画のなかで、彼はもっとも無感動に物を食べる演技の名人だった。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)

[まったくの余談…]ご本人だとしたら、二十年ほど前のスタジオで、一度だけお話をうかがったことがある。話の中身はすっかり忘れてしまったが、とにかくとても煙草の好きな方だった。晩年は医者に禁じられたそうだが、苦しかったにちがいない。お通夜の席で、みんなで線香代わりに煙草を喫って偲んだという新聞記事が出た。どうせ助からないのなら、存分に喫わせてあげればよかったのに。実に「つまらぬ」医者もいたものだと、義憤を感じたことを覚えている。




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