July 0972001

 山風を盆地へとほす葭障子

                           藤田直子

かにも涼しそうだ。実際にはどうであれ、座敷などに「葭障子(よししょうじ)」が建てつけてあるだけで、涼味を誘う。その涼味をあらわすのに、山からの風を「盆地へとほす」(ようだ)と大きく張ったところが素晴らしい。かりに「葭障子」の発明者がいるとして、掲句を読んだら、ここに本意きわまれりと感激するにちがいない。網戸や簾(すだれ)、暖簾(のれん)などもそうだし、夏料理にしてもそうだが、湿気の多い日本の夏を少しでも涼しく過ごすための工夫は、一つ一つを考えてみると、実に面白くもあり感心もさせられる。現今の暴力的な冷房装置とは違い、五感すべてをフルに動員してこその涼味が、そこにある。人間をも含めた自然との親和的な交感が、具体的に表現されている。「葭障子」の近代版は網戸と言えようが、波多野爽波にこんな愉快な句がある。「網戸越し例の合図をしてゆける」。網戸は表から室内が丸見えになっているようでいて、さにあらず。むろん昼間にかぎるが、表のほうがよほど明るいので、表からは中がよく見えない。その見えない薄暗がりに向けて、「今夜は例のところで一杯やろうぜ」などと「合図」を送ってきた悪友の姿がほほ笑ましい。私生活がほんのりと表に開かれていた時代のほうが、私は好きだな。『極楽鳥花』(1997)所収。(清水哲男)




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