July 0672001

 出荷箱数多の金魚ぶつからず

                           渡辺倫子

西で頑張っている総合誌「俳句文芸」のコンクールで、竹中宏が特選に選んだ句。金魚の句は数あれど、出荷時の金魚を詠んだ句は珍しい。作者は奈良市在住とあるから、日本最大の産地である大和郡山市あたりでの実見だろう。私は見たことがないので、この「出荷箱」がどんな形状をしているものなのか、見当もつかない。しかし選評で竹中さんも述べているように、そのような知識がないと観賞できない句ではない。とにかく、積み重ねられては次々に運ばれていく「箱」には「数多(あまた)の金魚」が揺れている。小さな金魚にしてみれば、とてつもない大揺れのなかにある。しかも、揺れは不規則きわまりないのだ。ここで、作者の目が光った。そんな大揺れのなかにあっても、一匹一匹がお互いに、決してぶつかりあうことはない。人間だったら「ぶつからず」どころか、パニックを起こして阿鼻叫喚の世界となるところだ。「この世の重力や時間とは別な物理の支配する世界が、こんなところにあった?」(竹中評)という発見が素晴らしい。「出荷箱」とゴツゴツと句を起こしている技法も、現場の雰囲気を伝えて効果的だ。「俳句文芸」(2001年7月号)所載。(清水哲男)




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