March 2932001

 鳥の恋峰より落つるこそ恋し

                           清水径子

語は「鳥の恋」で春。春から初夏にかけては野鳥の繁殖期で「鳥交る(さかる)」「鳥つるむ」などとも言う。ちょっと面白い作りの句だ。サーカスのジンタで知られる曲「美しき天然」の歌詞にかけてある。「♪空にさえずる鳥の声、峰より落つる滝の音……」。作者は鳥たちが美声を発して求愛をしている様子を聞き、ふとこの歌を思い出した。口ずさんでいるうちに、自然に一句がなったのだろう。「峰より落つる」のは滝である。その滝のように激しく「落つる」のが、恋の理想だと。したがって「落つるこそ恋し」の「恋し」は、たとえば「恋を恋する」と言うときの「恋し」であり、抽象的な対象を憧憬し理想化している。「落つる(恋)こそ恋し」なのだ。句集の刊行時から推定して、作者七十代後半の句かと思われる。探してみたが、この人に恋愛の意味での「恋」の文字の入った句は他に見当たらず、同じ句集にわずかに「君のそばへとにかくこすもすまであるく」と、異性を意識した句が見える。本当はすっとまっすぐ近づきたいのに、とりあえず「こすもす」に近づくふりをしているのだ。このときに「コスモス」と片仮名でないのは、「君」に対する感情が「コスモス」を甘く「こすもす」と揺らしたかったためだと思う。控えめでつつましい女性の姿が想像される。そのような女性にして、この一句あり。かえって、私には得心がいった。『夢殻』(1994)所収。(清水哲男)




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