March 1732001

 「思わしくない」などまだ無心蝌蚪とりに

                           古沢太穂

書に「通信簿をもらってきた柊ちゃん」とある。ご長男の名前が「柊一」君。小学校一年生の一年を締めくくる通信簿に「思わしくない」という評価があった。でも、柊ちゃんはそんな成績にも無頓着で、いつものようにさっさと「蝌蚪(かと・おたまじゃくし)」をとりに、表に飛び出していってしまった。その「無心」に微笑しつつも、しかし親としてはやはり「思わしくない」が気になって、あらためて通信簿に眺め入るのである。句が作られたのは、1950年代のはじめのころ。まだ「思わしくない」などという厳しい表現による評価項目があったのかと、ちょっと驚いた。その後は、いつのころからか「がんばろう」などのマイルドな表現に変わっていったはずだ。むろん五段階評価それ自体に変わりはないのだが、一年生にはともかく、上級の子らに「思わしくない」評価には辛いものがあったのではなかろうか。私が一年生のときには「優」「良上」「良」「良下」「可」の五段階だった。柊ちゃんとは違って、何故か成績をよく覚えている。「修身」の「良上」を除いて、あとは全部「良」だった。紫色のゴム印で押してあった。後に中学二年時の数字評価の「オール3」を獲得する素地は「栴檀は双葉より芳し(笑)」で、早くも一年生で芽生えていたというわけだ。高校生三年生のときに、すぐ後ろの席にいたH君の成績表を見せてもらったことがある。「オール5」だった。他人のものながら、あんなに気持ちの良い成績表を見たのは、あのとき一回きりである。彼は学校が禁じた(そんな時代もあったのだ)映画『不良少女モニカ』を見に行くような一面もあって面白い男だったが、涼しい顔ですんなりと東大に入っていった。ところで、その後の柊ちゃんはどうしたろうか……。『古沢太穂句集』(1955)所収。(清水哲男)




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