February 1322001

 アイロンは汽船のかたち鳥曇

                           角谷昌子

語は「鳥曇(とりぐもり)」で、春。雁や鴨などの渡り鳥が北方へ帰っていくころの曇り空を言う。春の曇天には人の憂いを誘うような雰囲気があり、帰る鳥たちの淋しさ、哀れさに通じていて味わい深い。「また職をさがさねばならず鳥ぐもり」(安住敦)。「鳥雲に(入る)」という季語もあって、物の本には『和漢朗詠集』の「花ハ落チテ風ニ随ヒ鳥ハ雲ニ入ル」に発すると書いてある。現代人である私たちの半ば故無き「春愁」の思いも、元はと言えば、自然とともにあった祖先の感覚につながって発現してくるのだろう。「少年の見遣るは少女鳥雲に」(中村草田男)。揚句は、そうした古くからの「鳥曇」の情緒を、現代の感覚でとらえかえした試みとして注目される。それも「アイロンは汽船のかたち」と童心をもって描くことで、遠くに帰っていく鳥たちの姿や行く手に明るさを与えている。私たちが沖を行く汽船に淋しさや哀れさを感じないように、鳥たちのいわば冒険飛行に期待と希望をこめて詠んでいる。この「鳥曇」は、実にふんわりとあたたかい感じのする曇り空だ。アイロンがけをしている作者の姿を想像すると、上機嫌で「シロイケムリヲハキナガラ、オフネハドコヘイクノデショウ……」と童謡の一節くらいは口ずさんでいるように思えてくる。『奔流』(2000)所収。(清水哲男)




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