January 29 2001
受験生呼びあひて坂下りゆく
廣瀬直人
作者は、高校の国語科教師だった。入学試験が無事に終わって、ほっとした気分で職員室から眺めた情景だ。三々五々校舎から出てきた受験生たちが、友だちを呼びあいながら、坂をくだって帰っていく。例年のことだが、作者はその一人ひとりの心細い胸の内を察して、みんなに合格してほしいという気持ちになっている。ああやって友だちを呼びあうことで、精いっぱい心細さをふっ切って帰っていく子供たちのなかで、四月から毎日この坂をのぼってくる子もいれば、そうでない子もいる。ちらりとそんな思いも去来して、受験生たちを見送っている。「坂下りゆく」は実景そのままではあるけれど、ついにこの坂とは無縁になるであろう受験生のほうに気持ちが傾いている表現でもあるだろう。人の情に溢れた句だ。入学試験制度の是非はいつの時代にも問われ、いまも論議はつづいている。しかし、どのような論議や改変が行われようとも、受験生にしてみれば、またその家族にしてみれば、論議や改変のプロセスのなかにある一つの時代的試行が「絶対の壁」となる。こうしてくれ、ああしてほしいなどは、通用しない。なんとしても、この理不尽を乗り越えなければならないのだ。宮沢賢治の口真似をしておけば、どうにも動かせない「真っ暗な大きな壁」として、制度は屹立するのである。この「絶対の壁」の屹立があって、揚句の味わいがある。ところで、中国で「鬼才」といえば夭折した詩人の李賀ひとりを指すに決まっているが(ちなみに「天才」といえば李白のこと)、彼は受験する以前に科挙のチャンスを唐朝から拒絶された。これまた「絶対の壁」であり、絵に描いたような制度の理不尽にはばまれた。出世を期待していた家族のもとにおめおめと舞い戻ったときの詩の一節に、「人間(じんかん)底事(なにごと)か無からん」とある。この世の中の(不快な)仕組みは、底なしの泥沼みたいじゃないか。鬼才にして、このうめき……。『帰路』(1972)所収。(清水哲男)
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