January 2412001

 梅林やこの世にすこし声を出す

                           あざ蓉子

まりに寒いので何か暖かそうな句はないかと、南国(熊本県玉名市)の俳人・あざ蓉子の句集をめくっていたら、この句に出会った。いつも不思議な句を作る人だが、この句も例外ではない。不思議な印象を受けるのは、「この世にすこし声を出す」の主語が不明だからだろう。「声を出す」のは作者なのか、梅林そのものなのか。あるいは、遠い天の声やあの世のそれのようなものなのだろうか。書かれていないので、一切わからない。わからないけれど、一読、寒中にぽっと暖かい光の泡粒が生まれたような気配がする。となれば、発語の主は梅の花なのか。でも、こんなふうにして、この句にあまりぎりぎりと主語を求めてみても仕方がないだろう。丸ごとすっぽりと句に包まれて、そこで何かを感じ取ればよいのだという気がする。多くあざ蓉子の句は、そんなふうにできている。作ってある。広い意味で言えば、取り合わせの妙を提出する句法だ。普通に取り合わせと言えば、名詞には名詞、あるいは形容詞には形容詞などと同一階層の言葉を取り合わせるが、作者の場合には、名詞(梅林)には動詞(「声を」出す)という具合である。だから、うっかりすると取り合わせの企みを見逃してしまう。うっかりして、動詞「出す」とあるので、冒頭に置かれた名詞(梅林)に、一瞬主語を求めてしまったりするのである。作者は、そんな混乱や錯覚を読者に起こさせることで、自身もまた楽しんでいる。まっこと「危険な俳人」だ。と、これはおそらく「天の声」なり(笑)。『猿楽』(2000)所収。(清水哲男)




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