January 2012001

 嚢中に角ばる字引旅はじめ

                           上田五千石

中(のうちゅう)の「嚢」は、氷嚢(ひょうのう)などのそれと同じ「嚢」。袋、物入れの意。この場合は、スーツケースというほどのものではなく、小振りで柔らかい布製のバッグだろう。旅先で必要なちょっとした着替えの類いのなかに「字引」を一冊入れたわけだが、これがまことに「角ばる」ので収まりが悪い。「字引」とあるが、歳時記かもしれない。「歳時記は秋を入れたり旅かばん」(川崎展宏)。こういう句を読むと、あらためて「俳人だなあ」と思う。俳人は、その場その場で作品を完成させていく。旅先では句会もあるし、いつも「字引」が必要になる。帰宅してから参照すればよいなどと、呑気に構えてはいられない。だから「角ばる字引」の収まりが悪い感覚は、俳人の日常感覚と言ってよいだろう。多く俳人は、また旅の人なのだ。その感覚が年末年始の休暇を経た初旅で、ひさしぶりによみがえってきた。さあ、また新しい一年がはじまるぞ。「角ばる字引」のせいで少しゆがんだバッグを、たとえば汽車の網棚に乗せながら得た発想かと読んだ。私は俳人ではないから、いや単なる無精者だから、旅に本を携帯する習慣は持たない。たまに止むを得ず持っていくときには、収まりは悪いは重いはで、それだけで機嫌がよろしくなくなる。何か読みたければ、駅か旅先で買う。そして、旅の終わりの日には処分する。めったに持ち帰ったことはない。そうやって、いちばんたくさん読んだのが松本清張シリーズである。『俳句塾』(1992)所収。(清水哲男)




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