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January 0412001

 年酒酌むふるさと遠き二人かな

                           高野素十

事始め。出版社にいたころは、社長の短い挨拶を聞いてから、あとは各セクションに分かれて「年酒(ねんしゅ)」(祝い酒)をいただくだけ。実質的な仕事は、明日五日からだった。帰郷した社員のなかには出社しない者もおり、妻子持ちは形だけ飲んでさっさと引き上げていったものだ。いつまでもだらだらと「年酒」の場から離れないのは、独身の男どもと相場が決まっていた。もとより、私もその一人。早めに退社しても、どこにも行くあてがないのだから仕方がない。そんな場には、揚句のような情緒は出てこない。この「二人」は夫婦ととれなくもないが、故郷に帰れなかった男「二人」と解したほうが趣きがあるだろう。遠いので、なかなか毎年は帰れない。故郷の正月の話などを肴に、静かに酌み交わしている。しみじみとした淑気の漂う大人の「年酒」であり、大人の句である。揚句は、平井照敏の『新歳時記・新年』(1990・河出文庫)で知った。で、本意解説に曰く。「新年の祝いの酒なので、祝いの気持だけにすべきもので、酔いつぶれたりすることはその気持に反すること甚だしい」。『歳時記』に叱られたのは、はじめてだ(笑)。阿波野青畝に「汝の年酒一升一升又一升」という豪快な句があり、どういうわけか、この句もこの『歳時記』に載っている。(清水哲男)


January 0612007

 元旦や新妻その他新しき

                           成瀬正とし

の字は、水平線から太陽が昇ってくるさまを表した象形文字で、元旦は元日の朝をさすという。私は年末の数日を、大きな窓から海しか見えない部屋で、毎朝昇ってくる朝日を見て過ごした。久しぶりに見る海からゆらゆらと赤く昇る太陽は、まさしく生きものであり、動いているのは自分の方かもしれない、と最初に思った人はやはりすごい、とおよそ詩的でないことを考えつつ。残念ながら大晦日に帰京したので、初日の出は狭い空をせわしなく昇って来る太陽を、いつものベランダから見たのだが、それでも元旦に窓を開けて深呼吸する時は新しい気持になる。この句は、昭和二十年代の作。作者は渋谷区に住んでおられたようだが、東京も今より正月らしさのある街だったことだろう。二人で迎える初めてのお正月、二十代のサラリーマンゆえ、さほど立派にしつらえたおせちが並ぶわけではないだろうが、掲句に並んで〈妻ごめに年酒の盃をとりあげて〉とあるので、手料理をはさんで差し向かい、新年の盃を酌んでいる。その幸せ、うれしさが一句になったのだが、やはりどこか照れくさい、その照れくささが、新妻その他、という中七にほどよく表れている。同時に、新年の決意を新たにしている、純粋で衒いのない若々しさも感じられ、松もとれかかっている今日ではありますが、年頭の一句に。『笹子句集第一』(1963)所載(今井肖子)


January 0612013

 汝の年酒一升一升又一升

                           阿波野青畝

賀の客をもてなす座卓には、一升瓶が何本も立っています。燗をつけるなんぞは、まどろっこしい。茶碗酒、コップ酒の作者の若いお弟子さんたちが、うわばみのごとく、とぐろを巻いて年始めの無礼講に興じているところでしょうか。作者は、この座をこの一句で切り返そうとしているように読みますが、はたして酔客に真意が届いたかどうか。掲句は、李白の詩「山中ニテ幽人ト対酌ス」の一節、「 両人対酌スレバ山花開ク、一杯一杯復一杯」をふまえているでしょう。しかし、掲句の酔客たちは、一杯ではなく一升ときていますから、酒豪の大先輩李白の一節に思いを寄せる風もなかったでしょう。詩は、「我酔ウテ眠ラント欲ス、キミシバラク去レ」と続きますが、とぐろを巻いた大蛇たちが退散する様子は見られません。「一升一升又一升」は、エンドレスに続きます。句の師匠が、句の力でお弟子たちを動かそうとしていながら、それができないところに初笑いがあります。私事ですが、巳年の抱負は、とぐろを巻かない、くだを巻かない、とします。『新歳時記・新年』(1990・河出文庫)所載。(小笠原高志)




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