November 19112000

 断られたりお一人の鍋物は

                           岩下四十雀

んな経験はありませんか。私には、あります。独身のころ、にわかに鍋物が食べたくなって、小奇麗な店に入って注文したら、あっさり断られました。鍋物は一人でもテーブルを占拠するし時間もかかるので、経済効率、回転率からすれば「お一人」は最悪の客でしょう。だから「断られ」たわけですが、チョー頭に来ましたね。店内は込みあっているわけでもなく、むしろガラガラ状態。この野郎と思って、じゃあ「二人前だ」と言っても「困ります」と言うばかり……。「二度と来るか」と寒空の下に飛び出して、しかし鍋はあきらめきれず、そこらへんの居酒屋チェーンのカウンター席で「お一人」用の不味い鍋をつついた。あの古びて凸凹になったアルミ鍋を、インスタント焜炉に乗せて食べる侘びしさといったら、なかった。「二度と来るか」の店は、その後二年ほどして潰れたらしく、跡形もなくなったときには「ざまー見ろ」と思ったことでありました。まことに、食い物の恨みはおそろしい(笑)。掲句の作者は、こんなふうに愚痴を漏らしてはいない。漏らしていないだけ、余計にすごすごと引き下がる感じの哀れさと、しかし内心の「二度と来るか」の腹立ちとが伝わってくる。それに作者は独身(私の勝手な推定ですが)とはいっても、若者ではないだろう。さらにいっそう、切ないではないか。私の忘れていた屈辱を、鮮明に思い出さされた一句なので書いておきます。最近はこうした心理的トラブルを避けるために、やたらと空席に「予約席」の札を立てている店がある。浅知恵である。『新日本大歳時記・冬』(1999・講談社)所載。(清水哲男)




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