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October 02102000

 朝寒のベーコン炒めゐたりけり

                           草間時彦

間時彦の句に出てくる食べ物は、いつも美味しそうだ。食の歳時記といった著書もあると記憶するが、いわゆる「食通」ではなく、舌のよさを誇示するようなところはない。むしろ誰もが食べている普通の食材、普通の料理から、それぞれの美味しい味を引き出す名人とでも言うべきか。掲句のベーコンにしても、然り。炒められているベーコンは、寒くなってきた朝という設定のなかにあってこそ、まことに香ばしい美味を思わせる。「朝寒(あささむ)」に襟を掻きあわせたい気分で起きてくると、台所では妻がベーコンを炒めていた。とても嬉しい気分になった。その妻の様子を「炒めゐたりけり」と大きく捉えることで、気の利く妻への無言の感謝の念と、間もなくカリカリに揚がって食卓に出てくるベーコンへの期待感を詠み込んでいる。もちろんベーコンでなくてもよいのだが、寒くなりかけた朝の透明な空気にベーコンとは洒落ているのだ。私はベーコン好きだから、余計にそう感じるのだろうが……。ともかく句をパッと読んだとたんに、パッと食べたくなる。誰にも作れそうでいて、作ろうと思うとなかなかに難しそうな句だ。芸の力を思う。『櫻山』(1974)所収。(清水哲男)


October 30102008

 朝寒の膝に日当る電車かな

                           柴田宵曲

中にあたる昼の日差しは汗ばむようだが、朝は厚めの上着がほしいぐらい冷え込むようになってきた。おそらくは通勤の膝に当たっている日差しをぼんやりと眺めているのだろう。昔の電車だから今のように暖房が完備されているわけはなく、木の床板や車窓の隙間から入ってくる風に身体をすくめながら膝にあたるかすかなぬくみに朝の寒さを実感している。そんな情景が想像される。作者の『古句を観る』(岩波文庫)はこのコーナーでもよく紹介される本だが、何度読んでも飽きない。元禄時代の無名俳人の句を取り上げているのだが、的をはずさない句の解釈もさることながら、簡潔で味わい深い文章の魅力に引きつけられる。広い教養に裏打ちされた作者の人柄が文章に反映しているのだろう。この本はしばらく絶版だったが、多くの読者の希望で復刊されたと聞く。宵曲は一時期ホトトギスに所属、丸ビルの事務所にも通っていたが、のちには寒川鼠骨を助けて『子規全集』を編集。その交遊のうちに俳句を続けたという。『虚子編季寄せ』(三省堂・1941)所載。(三宅やよい)


November 03112012

 ゆく秋やふくみて水のやはらかき

                           石橋秀野

起きてまず水をコップ一杯飲むことにしている。ここしばらくは、冷蔵庫で冷やしておいた水を飲んでいたが今朝、蛇口から直接注いで飲んだ。あらためて指先の冷えに気づいて冬が近づいていることを実感したが、中途半端に冷え冷えし始める今頃が一番気が沈む。そんな気分で開いた歳時記にあった掲出句、朝の感覚が蘇った。そうか行く秋か、中途半端で気が沈むなどと勝手な主観である。井戸水なのだろう、口に含んだ瞬間、昨日までとどこか違う気がしたのだ。思ったより冷たく感じなかったのは冷えこんで来たから、という理屈抜きで、ふとした一瞬がなめらかな調べの一句となっている。ひらがなの中の、秋と水、も効果的だ。三十九歳で病没したという作者、『女性俳句集成』(1999・立風書房)には掲出句を挟んで〈ひとり言子は父に似て小六月〉〈朝寒の硯たひらに乾きけり〉とあり、もっと先を見てみたかったとあらためて思う。『図説俳句大歳時記 秋』(1964)所載。(今井肖子)




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