August 0382000

 夕立の祈らぬ里にかかるなり

                           小林一茶

っと読んで、意味のとれる句ではない。「祈らぬ里」がわからないからだ。しかし、夕立が移っていった里に、何か作者が祈るべき対象があることはうかがえる。まだ祈ってはいないけれど、まるで作者のはやる気持ちが乗り移ったかのように、夕立が大粒の涙を流しに行ってくれたのだという感慨はわかる。悲痛な味わいが漂う句だ。『文化句帖』に載っている句で、このとき一茶が祈ろうとしていたのは、その里にある一基の墓であった。墓碑銘は「香誉夏月明寿信女」。眠っている女性は、一茶の初恋の人として知られている。一茶若き日の俳友の身内かと推察されるが、生前の名前なども不明だ。彼女が亡くなったのは十七歳、一茶はわずかに二十歳だった。そして、この「夕立」句のときが四十四歳。つまり、二十五回忌追善のための旅の途中だったというわけだ。いかに一茶が、この女性を愛していたか、忘れることができなかったかが、強く印象づけられる句だ。男の純情は、かくありたし。しかも、実はこの句を詠んだ日は、彼女の命日にあたり、縁者による法要が営まれているはずの日であった。だが一茶は、故意に一日だけ「祈る」日をずらしている。人目をはばかる恋だったのだろう。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます