August 0182000

 橋の名を残せる暗渠夾竹桃

                           星野恒彦

渠(あんきょ)は、蓋で覆った水路。いつのころからか、東京辺りでは川や溝にどんどん蓋をしはじめた。私の近所で言えば、三鷹駅ホーム延伸工事に伴う玉川上水への蓋。少しでも土地を広げようとしたわけだが、水の流れが地下に消えた分だけ、地上の潤いがなくなってしまった。物理的にも、精神的にも……。掲句のように、橋のかかっていたところには、消えた橋を惜しんで、名前をとどめた標識があったりする。はじめての町などで見かけると、思わず立っている地べたを見つめてしまう。周辺では、いまを盛りと夾竹桃が咲いている。このときに作者の心をよぎったのは、ここに水が流れていたころの川辺の情景だ。炎天下の夾竹桃は暑苦しさを助長するが、元来がここは水辺であったことを知ると、暑苦しさを割り引きしなければならない気分になる。そんな一瞬の微妙な気持ちの変化をとらえた句だ。べつに暑さがやわらぐわけではないけれど、なんだか納得はできたということ。人は納得の動物でもある。「暗渠夾竹桃」の漢字のたたみかけが見事。一つ一つの漢字に、作者の心理の微妙な揺れ具合が見て取れるようだ。漢字のある国に生まれた幸運すら感じさせられる。『麥秋』(1992)所収。(清水哲男)




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