July 2472000

 盗品にあらずよ買へや陶まくら

                           西野文代

まくらは「陶枕(とうちん)」。中国や韓国から輸入され、ひやりと冷たく、昼寝には絶好の枕だ。縁日の一齣だろう。香具師(やし)が熱弁をふるって、陶まくらを売っている。破格の安さをいぶかる客に、盗んできたわけじゃないよと笑わせている。香具師の口上の定番ではあるが、何度聞かされても楽しい。香具師の言葉だけで、縁日気分を盛り上げた句だ。といって、買う気持ちもないのだけれど……。盗品の「とう」と陶まくらの「とう」との響きあいも愉快。それにしても、縁日では不思議なものを売っている。見ていると、必ずそれを買う人もいる。昔、その筋の人に聞かされた話によると、最初に買う何人かは、たいていが「サクラ」だそうな。「サクラ」の見分け方も教えてくれた。買う客の靴を見ろ。それだけである。たとえば、どのように貧しそうなナリをしていても、どういうわけか靴だけはピカピカだったりするのだという。足下を見られないように、足下だけはやつさないというのが、この種の業界に生きる人たちの鉄則だからだと、彼は言った。男も女も。以来、縁日での客の足下を見る癖がついてしまい、なるほどと思われる場面に何度か出くわした(ような気がした)。最近の縁日は、こうした業界の人たちをオミットするところが多い。明るいインチキの楽しさがなくなった寂しさ。『おはいりやして』(1998)所収。(清水哲男)




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