July 1872000

 かはせみの一句たちまち古びけり

                           黒田杏子

校通学時、最寄り駅まで多摩川を渡ったので、「かはせみ」は親しい存在だった。美しい鳥だ。翡翠(ひすい)を思わせる色なので、漢字では一般的に「翡翠」をあて、魚を取るところから「魚狗(ぎょく)」とも言う。とにかく、素早い動きが特徴。ねらった獲物に一直線に襲いかかり、素早く元いた岸辺に戻ってくる様子は、うっかりすると目では追いきれないほどに感じる。そうやって取ってきた魚は、岩などに叩きつけて殺す。猛禽さながらの鳥なのだが、スズメよりは少し大きい程度の体長であり美しい色彩なので、残酷な印象は残さない。掲句は、そんな「かはせみ」の敏捷さと美々しさとを、暗喩的に捉えた作品だ。「かはせみ」の句をいくつか作ってはみるのだが、眼前にその姿を置いていると、句がスピーディな飛翔感についていけず、たちまちにして「古び」てしまうというのである。対象を直接描かずに詠む技法はよく使われるけれど、なかなか成功しないケースが多い。もってまわった表現になりがちだからだ。その点、この句はぴしゃりと決まっていて、好感が持てる。中村草田男には「はつきりと翡翠色にとびにけり」があって、こちらは流石にどんぴしゃりである。『一木一草』(1995)所収。(清水哲男)




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