July 0672000

 あつきものむかし大坂夏御陣

                           夏目漱石

りゃ、物凄く暑かったろう。なにせ、みんな戦(いくさ)支度だもの。大坂夏の陣は、1615年(元和元年)夏。徳川家康・秀忠の大軍の前に、豊臣秀頼(23歳)、淀君(48歳)が自刃して果て、豊臣家が息絶えた戦であった。夏の陣のことを思うとき、たいていの人は二人の悲劇に思いをめぐらすだろうが、漱石は「さぞや暑かったろうナと」涼しい顔をしている。シニカルなまなざし。ここらへんが、いかにも漱石らしい。ほとんど「ものはづけ」の雑俳の世界だが、このように同じ事態や事象を見るときに、大きくアングルを転換させる作法も俳句が培ってきたものだ。笑える句。面白い句。この国の近代文学が「喜怒哀楽」の感情のうちの「怒哀」に大きく傾斜していった(それなりの必然性はあったにせよ)なかで、俳句だけは「喜怒哀楽」すべてを詠みつづけてきた。いまでも、詠みつづけている。実にたいしたものだと私は思っていますが、いかがなものでしょうか。ところで、あなたにとって「あつきもの」とは何ですか。漱石以上に意表を突こうとすると、これがなかなか難しい。『漱石俳句集』(岩波文庫)所収。(清水哲男)




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