June 0962000

 亡き母の石臼の音麦こがし

                           石田波郷

かけなくなりましたね、麦こがし。新麦を炒って石臼などで引き、粉にしただけの素朴な食べ物。砂糖を入れてそのままで食べたり、湯や冷水にといて食べたりします。東京では「麦こがし」、関西では「はったい」と言うようですが、我が故郷の山口では「はったいこ(粉)」と呼んでいました。地方によっては「麦焦(むぎいり)」「麦香煎(むぎこうせん)」とも。「はったい」命名の由来には諸説あり、「初田饗(はつたあえ)」から来たといううがった見方もあるとのこと。ところで私にもイヤというほどの経験がありますが、麦や豆を石臼で引く仕事は、単調で退屈でした。それに、あのゴロゴロという低音が眠気を誘います。女子供か年寄が、この季節になるとどこの家でもゴロゴロやっていたのを思い出します。作者は、亡き母を生活の音とともに偲んでいます。そこが、句の眼目でしょう。でも、こうした偲び方は、これからどんどん薄れていくのでしょうね。第一、電子レンジのチンでは情緒もへったくれもあったものではありませんし……。平井照敏編『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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