June 0562000

 葛切やすこし剩りし旅の刻

                           草間時彦

車が出る時刻までには、まだ少し時間が剰(あま)っている。そこで小休止も兼ねて、駅近くの茶店で名物の葛切(くずきり)を賞味している。口あたりのよい葛切と旅心がマッチした粋な一刻。誰しも覚えがあるように、旅先ではこのように、ちょこちょこと時間があまってしまう。この少しあまった時間をどう使うのかも、旅を楽しむ重要なポイントだろう。土産を買いに走り回っている人、待合室で所在なげに新聞を読んでいる人。さらには私のように、どこにでもある雑誌を本屋で漫然と立ち読みする人など……。そんな時間に、旅の名人だと句のように、ちゃんとその土地ならではのものを味わっていたりするのだから敵わない。そのことが身にしみてわかるのは、帰りの列車の中だ。いままで旅してきたところの印象を語り合っているうちに、私が気がつきもしなかった数々の見聞や体験話が披露されてきて、いつも打ちひしがれる思いになる。同じように動いていても、同行のそれぞれが吸収したものは大きく違っているというわけだ。ことさらに教訓めかすつもりはないけれど、このことはおそらく、人生という旅にも当てはまりそうである。『夜咄』(1986)所収。(清水哲男)




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