May 2752000

 たぶんもう来ないとおもふ馬刀がゐる

                           西野文代

刀(まて)は「馬蛤貝(まてがい)」あるいは「馬刀貝」で春の季語。もう、旬は過ぎているだろう。アンチョコによれば「マテガイ科の横長筒状の二枚貝。殻長は十二センチほど。美味」とある。干潟の生息穴に塩を入れると、反射的に飛び出してくるというから、面白い動きをする貝である。正岡子規に「面白や馬刀の居る穴居らぬ穴」がある。あまり海には出かけないので、見たことがあるようなないような……。アレがそうだったのだろうかとも思うが、自信なし。句を採り上げたのは、「たぶんもう来ないとおもふ」という発想に魅かれたからだ。旅に出て、自然にこう思うようになるには、それなりの年齢が必要だ。若い頃には、皆無に近い思いだろう。それがいつしか、どこに出かけてもこんな気持ちになる。その気持ちを、元気で剽軽な動きの馬刀に結びつけたところが句の魅力だ。「何をそんなに感傷的になってるの」。このときの馬刀は、そんな顔(?!)をしている。今日の私は、一年に一度の旅行に出かける。職業柄ウィークデーの休暇はとりにくく、たった一泊しかできないけれど、楽しみだ。きっと、先々で「たぶんもう来ないとおもふ」のだろう。「俳句界」(2000年6月号)所載。(清水哲男)




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