May 1252000

 かたつむり甲斐も信濃も雨の中

                           飯田龍太

たつむり(蝸牛)という小さな存在を基点に、意識をいっきょにとてつもなく大きな空間に広げてみせた芸。つとに名句の誉れ高い芭蕉の「かたつぶり角ふりわけよ須磨明石」のいわば続編で、作者は、ならばと「甲斐も信濃も」と二方向に「ふりわけ」させている。明るい雰囲気の「須磨明石」ではなく「甲斐信濃」であるところに、雨の必然の説得力もある。句を反芻していると、雨の香りまでが漂ってくるようだ。蝸牛は多品種で、日本だけでも七百種類はいるのだという。さらに柳田国男によれば地方ごとに異名も多く、二百四十以上はあるそうだ。なかでポピュラーなのは「でんでんむし」「ででむし」「まいまい」「まいまいつぶり」あたりか。「まいまい」はれっきとした学術上の和名で、これが本名。私の故郷山口では「でんでんむし」だった。昔の教科書に載っていた唱歌「かたつむり」の二番に「お前のめだまはどこにある」とあるが、モノの本には、二対の触覚の長いほうの先にあると書いてある。これで、明暗の判別くらいはできるらしい。蛇足ながら、エスカルゴ料理には食指が動かない。まさか、幼なじみの遠縁を食うわけにはいかない。泥鰌(どじょう)についても同様である。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)




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