May 1052000

 夏場所やもとよりわざのすくひなげ

                           久保田万太郎

場所見物。「すくひなげ」得意のひいき力士が、見事にその技で勝ってくれた。胸のすくような相撲ぶりだった。「これでなくっちゃあ」と、作者の力こぶが「もとより」にこめられている。夏場所だけに、相撲が撥ねた後の川風の心地よさも、きっと格別だろう。いかにも江戸っ子らしい、粋な味わい。技巧的ではあるが、嫌みがない。現代でも「夏場所」が特別視されるのは、その昔に神社仏塔営繕の資金を募った勧進相撲の名残りだからである。明治初期にはじまった本場所は、この夏場所と一月の春場所との二度しかなかった。しかも、一場所は十日間。すなわち「一年を二十日で暮すいい男」というわけだ。いまは六場所制だが、四場所になったのは1953年(昭和28年)のことで、昔は現在のように年中本場所興行があったわけではない。したがって、ファンの熱の入れようも大変なものだったろう。取り組みの一番一番が貴重だったのだ。加えて戦前までは、町や村のあちこちに当たり前のように土俵があり、子供から大人まで相撲人口も多かった。すそ野が広かった。だから、こういう句も生まれるべくして生まれてきたのである。平井照敏編『新歳時記』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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