May 0252000

 行く春のお好み焼きを二度たたく

                           松永典子

きに人は、実に不思議で不可解な所作をする。「お好み焼き」ができあがったときに、「ハイ、一丁上りッ」とばかりにコテでポンと叩くのも、その一つだ。たいていの人が、そうする。ただし、街のお好み焼き屋にカップルでいる男女だけは例外。焼き上がっても、決して叩いたりはしない。しーんと、しばし焼き上がったものを見つめているだけである。逆に、これまた不思議な所作の一つと言ってよい。句は、自宅で焼いている光景だろう。大きなフライパンかなんかで、大きなお好み焼きができあがった。そこで、すこぶる機嫌の良い作者は、思わずも二度叩いてしまった。ポン、ポン(満足、満足)。折しも季節は「行く春」なのだけれど、感傷とは無関係、これから花かつおや青海苔なんぞを振りかけて、ふうふう言いながら家族みんなで食べるのだ。元気な主婦の元気ですがすがしい一句である。ここで、いささかうがったことを述べておけば、作者は憂いを含む季語として常用されてきた「行く春」のベクトルを、180度ひっくり返して「夏兆す」の明るい意味合いを込めたそれに転化している。句が新鮮で力強く感じられるのは、多分にそのせいでもある。『木の言葉から』(2000)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます