April 2542000

 桃咲いて五右衛門風呂の湯気濛々

                           川崎展宏

かい夕刻のまだ明るい時間。作者は、宿泊先の民家で一番風呂のご馳走にあずかっている。五右衛門風呂はたいてい、母屋から少し離れた小屋に据えられているので、窓を開けると山や畑地がよく見える。眺めると点在する桃の花は満開であり、濛々たる湯気のむこうに霞んでいる。まさに春爛漫のなかでの大贅沢、天下を取ったような心持ちだろう。五右衛門風呂は鉄釜で湯をわかす素朴な仕組みの風呂で、名前は石川五右衛門がこれで釜ゆでの刑に処せられたという俗説に基づく。入浴時には水面に浮かべてある底板(料理で言えば落とし蓋みたいな感じの板)を踏んで下に沈めて入るのだが、これが慣れないと難しい。踏み外すと、大火傷をしかねない。弥次喜多道中で二人とも入り方がわからず、仕方がないので下駄を履いて入ったという話は有名だ。すなわち、江戸には五右衛門風呂がなかったとみえる。西の方で普及していた風呂釜のようだ。私が育った戦後の山口県の田舎でも、ほとんどの家が五右衛門風呂で、三十年ほど前までは現役だったけれど、さすがに今ではみなリタイアさせられてしまっただろう。『義仲』(1978)所収。(清水哲男)




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