April 1142000

 山吹や根雪の上の飛騨の径

                           前田普羅

羅は、こよなく雪を愛惜した俳人だ。根雪の径は、さぞや歩きにくいことだろう。春とはいえ、まだ寒気も厳しい。「道」でも「路」でもない、飛騨の細く曲がりくねった山「径」である。黙々と歩いていくうちに、作者は咲きそめたばかりの可憐な山吹の花を認めた。根雪の白と山吹の花の黄。目に染みる。まさに「山吹や」の感慨が、ひとりでに胸中に湧いてくるではないか。心が洗われる美しい句だ。飛騨の土地を、私はよく知らない。一度だけ飛騨高山を訪れたことがあるが、季節は初秋であった。高山で「オーク・ヴィレッジ」という木工工房を開設したばかりのIさんに会うためだった。数えてみたら、もう二十年も前のことになる。Iさんは早稲田の理工を出てから、途中で一念発起して木工の世界に飛び込んだ人。「脱サラ」のはしりと言ってもよかろうが、彼のさわやかな人柄ともあいまって、飛騨高山の自然も人情も、とても好ましかった。その折りに、百年はもつ木机を、いつか私に経済的な余裕ができたら作ってもらう約束をしたような覚えがある。でも、いまだに私はぺなぺなの既製品の机にしがみついている体たらくで、注文をする余裕を持ちえていない。句には無関係だが、以来、そんなわけで飛騨と聞くとどきりとする。『雪山』(1992)所収。(清水哲男)




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