April 1042000

 そんなことよく思ひつく春の水

                           岡田史乃

て、「そんなこと」とは、どんなことなのか。「そんなこと」は、書いてないのでわからない。 わかることは、「そんなこと」が「そんな馬鹿なこと、どうでもよいこと」に近い中身であろうということだけ。もしも「そんなこと」が、心より賛嘆すべき内容を持っていたとしたら、「春の水」と照応させたりはしないはずだ。水温む候、作者の機嫌はすこぶるよろしく、「そんなこと」にも立腹せずに微笑して応えている。また、あなたの馬鹿話がはじまった。それにしても、次から次へと、よく「そんなこと」を思いつく人であることよ。わずらわしい時もあるけれど、今日はむしろ楽しい感じだ。目の前には、豊かな春の日差しを受けてキラキラと輝く水が流れている。全て世は事もなし。束の間ではあるかもしれないが、至福の時なのだ。ところで、句の成り立ちを作者の立場になって考えてみると、上中の十二文字は素直にすらりと出てきたはずだが、さあ、下五字をどうつけるかには少なからず腐心したにちがいない。それこそ「春の水」を「思ひつく」までには、相当に呻吟したと推察される。すなわち、突然口を突くように出てきた上中のフレーズを、簡単に捨てるには忍びなかったということ。反対に、実は一切そんな苦労はなかったのかもしれないが、長年俳句を読んでいると、つい「そんなこと」までをも気にかけてしまう。ビョーキである。史乃さん、間違ってたらごめんなさい。『ぽつぺん』(1998)所収。(清水哲男)




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